東京地方裁判所 平成元年(行ウ)70号 判決 1991年3月28日
東京都新宿区西新宿四丁目八番四-八〇三号
原告
竹内雄三
東京都文京区本郷五丁目三一番二号
原告
竹内竜雄
右両名訴訟代理人弁護士
村本道夫
東京都新宿区北新宿一丁目一九番三号
被告
新宿税務署長 大井章列
東京都文京区本郷四丁目一五番一一号
被告
本郷税務署長 中村匡四郎
右被告両名指定代理人
綱脇豊紀
同
郷間弘司
同
大島誠二
東京都千代田区霞が関三丁目一番一号
被告
国税不服審判所長 杉山伸顕
右指定代理人
渡部義信
同
中村有希郎
右被告ら三名指定代理人
三代川俊一郎
同
小野雅也
主文
一 原告竹内竜雄の被告本郷税務署長及び被告国税不服審判所長に対する訴えをいずれも却下する。
二 原告竹内雄三の被告新宿税務署長及び被告国税不服審判所長に対する請求をいずれも却下する。
三 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 原告らの請求の趣旨
1 原告竹内雄三
(一) 被告新宿税務署長がいずれも昭和六三年三月一四日付けでした、同原告の昭和五八年分の所得税に関する同原告からの同六〇年三月一二日付けの更正の請求を一部を除いて棄却する処分及び更正処分、同原告の昭和五九年分から同六一年分までの所得税に関する各更正処分(昭和五九年分及び同六一年分については異議決定によつて一部を取り消された後のもの)並びに同原告の昭和五九年分から同六一年分までの所得税に関する各過少申告加算税賦課決定処分(同六一年分については異議決定によつて一部を取り消された後のもの)をいずれも取り消す。
(二) 被告国税不服審判所長がいずれも平成元年四月二四日付けでした、同原告の昭和五八年分から同六一年分までの所得税に関する同原告の審査請求を棄却する旨の裁決を取り消す。
(三) 訴訟費用は被告の負担とする。
1 原告竹内竜雄
(一) 被告本郷税務署長がいずれも昭和六二年八月三一日付けでした、同原告の昭和五八年分の所得税に関する同原告からの同六〇年二月六日付けの更正の請求を棄却する処分及び更正処分(同六二年一〇月二一日付けの更正処分によつて減額された後のもの)並びに同原告の昭和五九年分から同六一年分までの所得税に関する各更正処分(同六一年分については同原告の確定申告額を超える部分)をいずれも取り消す。
(二) 被告国税不服審判所長がいずれも昭和六三年四月一四日付けでした、同原告の昭和五八年分から同六一年分までの所得税に関する同原告の審査請求を棄却する旨の裁決を取り消す。
(三) 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
主文と同旨
第二事案の概要
一 各課税処分の経緯について
原告竹内雄三(以下「原告雄三」という。)の昭和五八年分から同六一年分までの所得税に関する課税処分等の経緯が別表一から四まで記載のとおりであり、原告竹内竜雄(以下「原告竜雄」という。)の昭和五八年分から同六一年分までの所得税に関する課税処分等の経緯が別表五から八まで記載のとおりであることは、いずれも当事者間に争いがない。
二 各課税処分の根拠について
1 原告雄三の昭和五八年分から同六一年分の所得税の課税根拠について、被告新宿税務署長は以下のとおり主張しているところ、このうち原告雄三が争つているのは、後記三の争点2の(一)から(三)までの点であつて、右主張に係るその余の課税根拠事実については、当事者間に争いがない。
(一) 昭和五八年分
(1) 不動産所得の金額(<1>+<2>-<3>) 〇円
<1> 更正の請求に係る不動産所得の金額 △(マイナスを示す。以下同じ。)八〇六万八八二六円
<2> 右更正請求額に加算すべき金額(ア+イ+ウ+エ) 九四四万一五六三円
ア 必要経費に含まれない経費(医療費) 九万八五〇〇円
イ 減価償却費の過大計上額 一六八万九一五七円
原告雄三の不動産所得に係る建物の減価償却費の正しい計算明細は別表九記載のとおりであるから、右更正請求に係る原価償却費には右のとおりの過大計上分があることとなる。
ウ 土地購入代金 六八五万三九〇六円
原告雄三は右土地購入代金を必要経費に計上しているが、仮に右土地取得の目的がこれを賃貸の用に供することにあつたとしても、その購入代金は、所得税法三七条に規定する不動産所得の必要経費とはならない。
エ 否認されるべき専従者給与の金額 八〇万〇〇〇〇円
<3> 右更正請求額から減算すべき金額(ア+イ+ウ) 一三七万二七三七円
ア 租税公課 五七八〇円
イ 青色申告控除 四五六四円
ウ 計算誤謬の金額 一三六万二三九三円
(2) 給与所得の金額 四三三万九七六八円
(3) 総所得金額((1)+(2)) 四三三万九七六八円
(二) 昭和五九年分
(1) 不動産所得の金額(<1>+<2>-<3>) 一七万六二四一円
<1> 確定申告に係る不動産所得の金額 △七二七万九〇九四円
<2> 右確定申告額に加算すべき金額(ア+イ+ウ+エ) 七五五万五三三五円
ア 純損失繰越控除の金額 五五四万八五九一円
原告雄三は右金額を本年分の所得金額の計算上繰越控除すべき損失として計上しているが、前記のとおり、原告雄三の昭和五八年分の総所得金額の計算上損失金額は発生しないから、本年分に繰り越すべき純損失の金額はない。
イ 必要経費に含まれない経費(医療費) 二万一〇二〇円
ウ 減価償却費の過大計上額 一〇八万五七二四円
原告雄三の不動産所得に係る建物の減価償却費の正しい計算明細は別表九記載のとおりであるから、右確定申告に係る原価償却費には右のとおりの過大な計上分があることとなる。
エ 否認されるべき専従者給与の金額 九〇万〇〇〇〇円
<3> 右確定申告額から減算すべき金額(青色申告控除の金額) 一〇万〇〇〇〇円
(2) 給与所得の金額 四六七万九五四七円
(3) 総所得金額((1)+(2)) 四八五万五七八八円
(三) 昭和六〇年分
(1) 不動産所得の金額(<1>+<2>-<3>) 〇円
<1> 確定申告に係る不動産所得の金額 △七五五万一四〇三円
<2> 右確定申告額に加算すべき金額(ア+イ+ウ) 七六二万九〇七〇円
ア 純損失繰越控除の金額 四五三万九〇七〇円
原告雄三は右金額を本年分の所得金額の計算上繰越控除すべき損失として計上しているが、前記のとおり、原告雄三の昭和五九年分の総所得金額の計算上損失金額は発生しないから、本年分に繰り越すべき純損失の金額はない。
イ その他の不動産所得と関連のない損失金額 一三九万二八二一円
ウ 減価償却費の過大計上額 一六八万九一五七円
原告雄三の不動産所得に係る建物の減価償却費の正しい計算明細は別表九記載のとおりであるから、右確定申告に係る原価償却費には右のとおりの過大計上分があることとなる。
<3> 右確定申告額から減算すべき金額(青色申告控除の金額) 六万九六四五円
(2) 給与所得の金額 五〇八万〇八二九円
(3) 総所得金額((1)+(2)) 五〇八万〇八二九円
(四) 昭和六一年分
(1) 不動産所得の金額(<1>+<2>) △ 五〇万五四九八円
<1> 確定申告に係る不動産所得の金額 △六二一万三六二三円
<2> 右確定申告額に加算すべき金額(ア+イ+ウ+エ) 五七〇万八一二五円
ア 純損失繰越控除の金額 四五四万九五一七円
原告雄三は右金額を本年分の所得金額の計算上繰越控除すべき損失として計上しているが、前記のとおり、原告雄三の昭和六〇年分の総所得金額の計算上損失金額は発生しないから、本年分に繰り越すべき純損失の金額はない。
イ その他の不動産所得と関連のない損失金額 二一万〇二〇六円
ウ 減価償却費の過大計上額 三七万八四〇二円
原告雄三の不動産所得に係る建物の減価償却費の正しい計算明細は別表九記載のとおりであるから、右確定申告に係る原価償却費には右のとおりの過大計上分があることとなる。
エ 否認されるべき専従者給与の金額 五七万〇〇〇〇円
(2) 給与所得の金額 五四一万三〇一五円
(3) 総所得金額((1)+(2)) 四九〇万七五一七円
2 原告竜雄の昭和五八年分から同六一年分の所得税の課税根拠について、被告本郷税務署長は以下のとおり主張しているところ、このうち原告竜雄が争つているのは、後記三の争点2の(一)、(二)、(四)及び(五)の点にあつて、右主張に係るその余の課税根拠事実については、当事者間に争いがない。
(一) 昭和五八年分
(1) 不動産所得の金額(<1>+<2>) △ 一七万一八二五円
<1> 更正の請求に係る不動産所得の金額 △ 一〇三九万七一五九円
<2> 右更正請求額に加算すべき金額(土地購入代金) 一〇二二万五三三四円
原告竜雄は右土地購入代金を必要経費に算入しているが、仮に右土地取得の目的がこれを賃貸の用に供することにあつたとしても、その購入代金は、所得税法三七条に規定する不動産所得の必要経費とはならない。
(2) 給与所得の金額 三〇八万九六八〇円
(3) 総所得金額((1)+(2)) 二九一万七八五五円
(二) 昭和五九年分
(1) 不動産所得の金額(<1>+<2>) 〇円
<1> 確定申告に係る不動産所得の金額 △ 七九二万六五〇九円
<2> 右確定申告額に加算すべき金額(ア+イ) 七九二万六五〇九円
ア 純損失繰越控除の金額 七八九万八二八三円
原告竜雄は右金額を本年分の所得金額の計算上繰越控除すべき損失として計上しているが、前記のとおり、原告竜雄の昭和五八年分の総所得金額の計算上損失金額は発生しないから、本年分に繰り越すべき純損失の金額はない。
イ 必要経費に含まれない租税公課及びその他の経費の金額 二万八二二六円
原告竜雄は右金額を必要経費に算入しているが、これは本件不動産の貸付前に生じたものであるから、必要経費とはならない。
(2) 給与所得の金額 三七一万六二〇〇円
(3) 総所得金額((1)+(2)) 三七一万六二〇〇円
(三) 昭和六〇年分
(1) 不動産所得の金額(<1>+<2>) △ 九六万九八四六円
<1> 確定申告に係る不動産所得の金額 △ 六一九万九六二五円
<2> 右確定申告額に加算すべき金額(ア+イ) 五二二万九七七九円
ア 純損失繰越控除の金額 四八五万三五〇四円
原告竜雄は右金額を本年分の所得金額の計算上繰越控除すべき損失として計上しているが、前記のとおり、原告竜雄の昭和五九年分の総所得金額の計算上損失金額は発生しないから、本年分に繰り越すべき純損失の金額はない。
イ 減価償却費の過大計上額 三七万六二七五円
原告竜雄は、新築貸家住宅の割増償却の規定の適用のない本件住宅について、右の規定を適用して計算した額を必要経費として計上しているため、右のとおりの過大計上額があることとなる。
(2) 給与所得の金額 五二七万五八四八円
(3) 総所得金額((1)+(2)) 四三〇万六〇〇二円
(四) 昭和六一年分
(1) 不動産所得の金額(<1>+<2>) △ 五八万二五八八円
<1> 確定申告に係る不動産所得の金額 △ 三五一万一一九一円
<2> 右確定申告額に加算すべき金額(ア+イ) 二九二万八六〇三円
ア 純損失繰越控除の金額 一六四万六八八一円
前記のとおり、原告竜雄は右金額を本年分の所得金額の計算上繰越控除すべき損失として計上しているが、原告竜雄の昭和六〇年分の総所得金額の計算上損失金額は発生しないから、本年分に繰り越すべき純損失の金額はない。
イ 減価償却費の過大計上額 一二八万一七二二円
原告竜雄は、新築貸家住宅の割増償却の規定の適用のない本件住宅について、右の規定を適用して計算した額を要経費として計上しているため、右のとおりの過大計上額があることとなる。
(2) 給与所得の金額 七四三万三九六六円
(3) 総所得金額((1)+(2)) 六八五万一三七八円
三 争点
1 本案前の争点(原告竜雄に対する裁決書の送達日時)
被告本郷税務署長及び被告国税不服審判所長は、被告国税不服審判所長が昭和六三年四月八日付けでした原告竜雄に対する裁決書が同月一五日に同原告に送達され、同原告は同日に右裁決があつたことを知つたものであるから、同原告が平成元年三月二二日に提起した本件訴えは、いずれも出訴期間経過後に提起されたものであり、違法な訴えとして却下されるべきであると主張している。
これに対し、原告竜雄は、昭和六三年四月一五日に右裁決書が同原告に送達されたことを否認し、同原告が右裁決を知つたのは、同年一二月二五日であつたから、同原告の本件訴えは適法なものであると主張している。
2 本案の争点
(一) 土地取得費の必要経費への算入(原告両名)
原告らは、原告両名の各土地購入代金は、不動産所得を得るために直接要した費用であるから、各不動産所得の計算上必要経費に算入されるべきであると主張しているが、被告新宿税務署長及び被告本郷税務署長(以下「被告税務署長ら」という。)は、土地の取得費は、当該土地を譲渡したときの譲渡所得の金額の計算上控除される取得費として取り扱われるべきものであつて、不動産取得の計算上必要経費に算入することはできないと反論している。
(二) 純損失金額の繰越控除の方法(原告両名)
原告らは、原告らの昭和五八年分から昭和六〇年分までの所得控除額控除後の課税総所得金額について損失が生じているから、この損失は翌年度以降の原告らの各所得金額の計算上繰越控除の対象とすべきであると主張しているが、被告税務署長らは、所得税法の関係規定からして、繰越控除の対象となる純損失の金額というのは、所得控除額を控除する前の各種所得の金額について損失が生じた場合に発生するものであるところ、原告らについては、いずれの年度においても、右のような意味での純損失は生じていないと反論している。
(三) 原告雄三の不動産所得に関する減価償却費
原告雄三は、その所有に係る自修寮の建物は昭和四八年あるいは昭和五八年に同原告が時効取得したものであるから、各年度の減価償却費に関する被告の計算には誤りがあると主張し、また、右時効取得の事実が認められない場合においても、被告の計算が所得税基本通達四九-四八に反すると主張している(なお、右の点を除いて、右減価償却費の算出の基礎となる事実関係が被告主張のとおりであることは認めている。)。これに対し、被告新宿税務署長は、原告雄三が右自修寮の建物を時効取得したとの事実関係を争い、また、被告の計算は所得税基本通達四九-四八に反するものではないと反論している。
(四) 原告竜雄の開業費の必要経費への算入
原告竜雄は、前記昭和五九年分の不動産所得に関連して貸家住宅の貸付以前に生じた租税公課等二万八二二六円について、開業費として必要経費に算入されるべきであると主張しているが、被告本郷税務署長は、住宅の貸付を開始するまでの行為は単なる開業準備行為に過ぎず、不動産貸付に係る業務とは認められないから、右租税公課等を不動産所得の必要経費に算入することはできないと反論している。
(五) 原告竜雄の不動産所得に関する減価償却費
原告竜雄は、その貸家住宅については、新築貸家住宅の割増償却の規定が適用されるべきであるから、昭和六〇年分及び昭和六一年分の減価償却費について右の規定の適用がないものとしていた被告の計算には誤りがあると主張しているが、被告本郷税務署長は、当該貸家住宅の構造からして新築貸家住宅の割増償却の規定を適用することはできないと反論している。
(六) 被告国税不服審判所長のした各裁決の違法事由
(1) 原告竜雄は、同原告が原告雄三を代理人に選任する旨の委任状及び今後は総ての通知連絡等を同代理人宛て送付するように配慮を求めるとの内容の原告雄三作成の要望書を被告国税不服審判所長に提出したにもかかわらず、同被告は、漫然とこれを看過し、前記のとおり本件裁決書を原告竜雄に送付したものであり、このことは裁決手続の重大な違法事由となると主張している。これに対し、被告国税不服審判所長は、原告は竜雄が右のような委任状及び要望書を同被告に提出したことは認めるものの、代理人でなく原告竜雄本人に対してされた本件裁決書の送達も適法であり、裁決手続に違法はないと反論している。
(2) なお、原告雄三に対する裁決については、同原告は、その裁決固有の違法事由を特に主張していない。
第二争点に対する判断
一 本案前の争点(原告竜雄に対する裁決書の送達日時)について
丙第一号証(郵便物配達証明書)によれば、原告竜雄に対する前記裁決の裁決書は、昭和六三年四月一五日に原告竜雄に配達証明郵便物として配達されていることが認められる。したがつて、同原告は、その日に右裁決を知つたものと推認することができるものというべきである。
これに対し、同原告は、本人尋問において、同原告の住居は、管理人がなく同原告を含めて独身者のみが住んでいるアパートであるところ、昭和六三年四月一五日には、勤務先の証券会社に出社していて(この点にそう証拠として、甲第一二号証がある。)、右住居で右郵便物を受け取つた覚えはなく、同年一二月二五日に至つて、右アパートの玄関で靴磨きをしていた際、初めて靴箱の中から右郵便物を発見し、そこで初めて本件裁決を知つたものであると供述している。しかしながら、丙第三号証によれば、配達証明郵便物は、直接本人(又は家族)に配達されるべきこととなつていて、配達先の本人(又は家族)が不在の場合は、不在配達を知らせる文書が置かれて、本人らがその郵便物を勤務先、郵便局等で受け取ることができるという制度となつているうえ、また、例外的に管理人のある特定のマンション等において郵便物を一括して管理人に配達することも認められているが、原告竜雄の住むアパートは、前記のとおり管理人がなく、このような一括配達の対象となる建物ではないことが認められる。しかも、そもそも靴箱の中にあつた郵便物の存在に八か月以上も気がつかなかつたとする原告竜雄の前記供述の内容自体、極めて不自然であり直ちに信用し難いものと考えられることからすれば、原告竜雄の右のような供述をもつてしても、前記のとおりの推認を覆すことはできないものというべきである。
そうすると、原告竜雄が右裁決のあつたことを知つた昭和六三年四月一五日から三か月以上を経過した後の平成元年三月二二日に提起された同原告の本件各訴えは、いずれも出訴期間を徒過した後に提起された不適法なものとして、却下を免れないこととなる。
なお、同被告は、その代理人である原告雄三ではなく原告竜雄本人に対してなされた右裁決の送達が不適法なものであるとも主張しているが、右主張を採用できないことは、後記二の5のとおりである。
二 本案の争点について
1 本案の争点(一)(土地取得費の必要経費への算入)について
不動産所得の計算上必要経費に算入すべき金額は、その所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他この所得を生ずべき業務について生じた費用の額とするものとされており(所得税法三七条一項)、ここにいう「費用」とは、企業会計上の費用の概念と同様、収益を獲得するための価値犠牲分を意味するものと解されるところである。
ところが、不動産所得の収入に対する関係では、土地の取得費は、その金銭が土地に転化しているに過ぎないものであつて、賃貸料等の収入を得るためにその価値が犠牲となつているものではないことは明らかである。したがつて、土地取得費は、不動産所得の計算上必要経費に算入することはできないものというべきであり、この点に関する原告らの主張は採用できない。
2 本案の争点(二) (純損失金額の繰越控除の方法)について
総所得金額、退職所得金額又は山林所得金額を計算する場合において、不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額又は譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額のあるときは、政令で定める順序によりこれを他の各種所得の金額から控除するものとされており(所得税法六九条一項)、その損失の金額のうち、右の控除によつてもなお控除しきれない純損失の金額(同法二条一項二五号)については、過去三年内の各年において生じた金額を、政令で定めるところにより総所得金額等の計算上控除するものとされている(同法七〇条一項)。ところで、右の総所得金額等から所得控除額を控除した残額を課税総所得金額というものとされている(同法二二条二項、八九条二項)のであるが、右繰越控除の対象となる純損失の金額は、所得控除額を控除する前の総所得金額等について損失が生じた場合に発生するものであることは右の各規定からして明らかなものというべきであり、この繰越控除を所得控除額控除後の課税総所得金額によつて行うべきであるとする原告らの主張は失当である。そうすると、原告らについては、いずれの年度においても、総所得金額について右の純損失の金額は生じていないから、この点に関する原告らの主張は採用できないこととなる。
3 本案の争点(三)(原告雄三の不動産所得に関する減価償却費)について
原告雄三は、自修寮を昭和四八年一二月三〇日あるいは昭和五八年以降自己に帰属するものとして使用占有してきたから、これを時効取得したものであると主張しているが、そのような時効取得を認めることはできない。
すなわち、原告雄三は、本人尋問において、右自修寮に関する権利関係について、もともと原告の母方の祖母に当たる堤春江がこれを建築したものであり、その後昭和二一、二年に春江が死亡した後は、原告の父竹内義雄を中心に原告ら兄弟がそこに居住していたが、昭和四五年に義雄も死亡した後、ヨーロッパから帰国した原告雄三が、昭和四九年ころ、これを自己の所有に属するものと信じて管理を始めたものであると供述している。ところが、他方で、原告雄三は、春江の死亡時において同人に配偶者はなく、その子も原告の母である竹内於時のみであつたと供述しているのであるから、原告の右各供述を前提とすると、右自修寮は、春江の死亡により於時が相続によつてその所有権を取得したものであり、現在もなお於時の所有に属しているものと考えるほかないこととなる。そうすると、原告雄三が自修寮を自己の所有に属するものと信ずべき根拠は何ら存在しないこととなり、したがつて、自修寮について原告雄三の時効取得を認める余地はないこととなるのである。
もつとも、右のような事実関係からすると、原告雄三は、親族の資産である右自修寮を無償で自己の事業の用に供していることとなるが、この場合に被告新宿税務署長の主張するとおり所得税基本通達五六-一を適用して、右自修寮の減価償却費を原告雄三の不動産所得の必要経費に算入すべきものとしても、その取得費の計算は別表九の別紙記載のとおりとなり(右時効取得の事実が認められない場合に、右自修寮の減価償却費の算出の基礎となる事実関係が同被告主張のとおりであることについては、前記のとおり当事者間に争いがない。)、したがつて、右減価償却費の額は、結果として同被告の本来の主張額と変わらないこととなる。
なお、原告雄三は、同被告の減価償却費の計算が所得税基本通達四九-四八の未償却残額が取得価額の五パーセント相当額に達した資産について資本的支出をした場合について再び減価償却を行うことを認めた取扱に反しているとも主張しているが、そもそも自修寮について未償却残高が取得価額の五パーセント相当額に達した後において資本的支出をしたことを認めるに足りる証拠がないから、右通達が適用される前提を欠いているものというほかない。したがつて、同原告の右主張も採用することはできない。
4 本案の争点(四)(原告竜雄の開業費の必要経費への算入)及び(五)(原告竜雄の不動産所得に関する減価償却費)について
右の各争点は、いずれも原告竜雄の請求に関するものであるが、同原告の本件各訴えがいずれも不適法として却下されるべきものであることは前記のとおりであるから、右の各争点については、判断を示す必要がないこととなる。
5 本案の争点(六)(被告国税不服審判所長のした各裁決の違法事由)について
(一) 原告竜雄は、原告雄三を代理人に選任し、原告竜雄の審査請求に関する今後の通知連絡を同代理人宛てに送付するよう求めていたのに、これを無視して原告竜雄本人に対してされた裁決書の送付は違法であると主張する。しかし、審査請求人が代理人を選任した場合においても、これによつて審査請求人本人が裁決書の送付を受領する権限を失うに至るものと解すべき根拠のないことは被告国税不服審判所長の主張するとおりであるから、原告竜雄の右主張は採用できない。
(二) また、原告雄三に対する被告国税不服審判所長の裁決については、同原告は右裁決に固有の違法事由を何ら主張しないから、右裁決の取消しを求める同原告の請求は、その主張自体からして理由がないこととなる。
第三まとめ
一 前記のとおり、原告竜雄の被告本郷税務署長及び被告国税不服審判所長に対する訴えはいずれも不適法であるから、これを却下することとする。
二 原告雄三の被告新宿税務署長に対する訴えについては、同原告が争点として主張する点に関する同原告の主張をいずれも採用することができないから、同原告の昭和五八年分から昭和六一年分の所得については、いずれも同被告の主張するとおりこれを認めることができることとなる。そうすると、同原告の総所得金額及び納付すべき税額は別表一〇記載のとおりとなり、同被告のした各更正処分等は、いずれも適法なものというべきこととなり、右各更正処分等を前提としてされた各過少申告加算税賦課決定もいずれも適法なものとなる。
また、同原告の被告国税不服審判所長に対する訴えに理由がないことは、前記のとおりである。
よつて、原告雄三の各訴えは、いずれも理由がないから、これを棄却することとする。
(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 市村陽典 裁判官 小林昭彦)
別表一 昭和五八年分本件課税処分等の経緯(原告竹内雄三)
<省略>
別表二 昭和五九年分本件課税処分等の経緯(原告竹内雄三)
<省略>
別表三 昭和六〇年分本件課税処分等の経緯(原告竹内雄三)
<省略>
別表四 昭和六一年分本件課税処分等の経緯(原告竹内雄三)
<省略>
別表五 昭和五八年分本件課税処分の経緯(原告竹内竜雄)
<省略>
別表六 昭和五九年分本件課税処分の経緯(原告竹内竜雄)
<省略>
別表七 昭和六〇年分本件課税処分の経緯(原告竹内竜雄)
<省略>
別表八 昭和六一年分本件課税処分の経緯(原告竹内竜雄)
<省略>
別表九 減価償却費の計算明細表
<省略>
<省略>
別紙 本件建物の取得価格の計算過程等
1 本件建物及び旧青雲寮の昭和28年1月1日現在の相続税評価額(乙第4号証)242,500円
注1 相続税評価額と固定資産税評価額が同額であることは相続税財産評価に関する基本通達89による。
注2 小樽市役所資産税課では、本件建物と旧青雲寮は一体と見なしている。
2 本件建物のみの相続税評価額の計算
<省略>
所得税法施行令128条1項の規定により、本件建物の取得価格は、昭和28年1月1日現在の相続税評価額(固定資産税評価額)となるところ、右価格は本件建物及び旧青雲寮の右時点における相続税評価額(上記1)を合計面積で除した単位面積当たりの同評価額に本件建物面積を乗じて求められる(乙第4号証)。
3 本件建物の取得価格(昭和57年4月の改築後のもの)
75,631円+1,472,440円=1,548,071円
別表一〇 税額計算の経過
<省略>